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夏の終わり、恋人いない寂しさに名前をつけてみる

公開日: 2026-08-02

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夕方、ベランダに出たら、光の角度が変わっていることに気づいた。少し前まで真上から容赦なく照りつけていた日差しが、いつの間にか斜めから射し込むようになっていて、影がやけに長い。セミの声も、心なしか勢いが落ちている気がする。まだ8月に入ったばかりなのに、体のどこかが「もう後半戦だ」と告げてくる。

夏はまだ終わっていない。むしろこれから一番暑い時期がくる。それでもこの時期特有の、終わりの気配だけが先に届く感じがある。毎年そうだ。

なぜ一人だと夏の終わりが余計に寂しくなるのか

夏の終わりの寂しさは、たぶん夏そのものの寂しさではないと思う。問題は、SNSを開いたときに流れてくる誰かの花火大会の写真や、海辺で笑っている二人組の投稿のほうにある。

自分の8月と、他人の8月を並べてしまう。それだけで、何も予定のない週末は「静かな一日」から「置いていかれた一日」に変わる。恋人がいないこと自体は、別に悪いことではないはずなのに、夏という季節はやたらと「誰かと過ごす前提」で語られる。花火は二人で見るもの、夏祭りは浴衣で誰かと歩くもの、海は誰かの背中を追いかけるもの。そういう物語ばかりが目に入ってくる。

一人でいることが寂しいのではなく、季節そのものが「一人ではいけない」ような顔をしてくる。夏の終わりはその圧力が一番強くなる時期なのだと思う。あとがない、今年もこのまま終わる、という感覚が、いつもの何倍にもなって効いてくる。

去年の夏の終わりに感じたこと

去年の8月末、仕事帰りに電車の窓から花火大会の音を聞いたことがある。会場までは距離があって、光は見えなかった。ただ、遠くでドンと鳴る音と、車内で盛り上がる浴衣姿の若い子たちの話し声だけが届いた。

自分もどこかへ行けばよかったのかもしれない、と思った。誘われなかったわけではない。誘いを断ったのは自分だった。人混みが苦手というのは半分本当で、半分は言い訳だった気がする。誰かと並んで花火を見る自分を、うまく想像できなかっただけかもしれない。

その夜、家に着いてから、特に何をするでもなくベランダで缶ビールを開けた。花火の音はもう聞こえなかった。代わりに、隣の部屋の換気扇の音と、遠くの車の走行音だけが残っていた。寂しかったかと聞かれれば、寂しかったと思う。それを無理に「悪くない夜だった」とまとめるつもりはない。ただそういう夜だった、というだけの話だ。

寂しさを無理に消そうとするとかえって苦しくなる話

寂しさを感じたとき、すぐにそれを打ち消しにいきたくなる。誰かに連絡してみる、予定を入れる、配信サービスで何かを見始める。悪いことではないと思う。ただ、寂しさを消すこと自体が目的になると、たいてい消えないまま疲れだけが増える。

沙耶(このコラムを書いたライター)

去年の夏の終わり、寂しさを感じるたびにスマホを開いて誰かのタイムラインを追いかけていた時期があった。他人の充実を見れば見るほど、自分の静けさが物足りないもののように思えてくる。皮肉なことに、寂しさを紛らわすためのはずの行動が、寂しさの輪郭をより濃くしていた。

寂しいと感じること自体は、たぶん悪いことではない。季節の変わり目に何かを感じ取れるくらいには、ちゃんと生きているということだと思う。消そうとするより、しばらくそのままにしておくほうが、案外早く落ち着くこともある。

夏の終わりを一人で見送るための小さな工夫

何もしないのと、ただ落ち込んでいるのは別物だと思う。時間帯やシーンごとに、小さくやることだけ決めておくと、夏の終わりも案外静かに過ぎていく。

シーン 小さくやること
平日の帰り道 遠回りして、いつもと違う道の花や街灯を眺めて帰る
週末の午前 冷たい麦茶を淹れて、ベランダや窓辺でしばらく外を見る
花火の音が聞こえる夜 無理に見に行かず、音だけを聞きながら夕食を済ませる
夏の終わりの夜更け 扇風機の音を流しっぱなしにして、早めに布団に入る

大した工夫ではない。ただ、季節の変わり目に一つでも自分だけの小さな習慣があると、寂しさがそのまま置いていかれた感覚になるのを、少しだけ和らげてくれる気がしている。

よくある質問

夏の終わりが一番寂しいのは自分だけですか? そうは思わない。夏という季節がそもそも「誰かと過ごす前提」で語られやすいだけで、恋人の有無に関係なく、夏の終わりに何かを感じる人は多いはずだ。

この寂しさは来年も感じますか? たぶん感じると思う。ただ、毎年同じ強さで続くとは限らない。今の寂しさをそのまま来年の心配にまで広げなくてもいいはずだ。

寂しさを紛らわす以外にできることはありますか? 紛らわすことにこだわらなくてもいいと思う。感じたことをそのまま置いておくだけでも、時間が経てば輪郭は自然と柔らかくなっていく。

まとめ

夏の終わりの寂しさは、季節そのものより、他人の夏と自分の夏を比べてしまうところから生まれることが多い。無理に消そうとするより、しばらくそのままにしておくほうが、結果的に軽くなることもある。去年の夏の終わりも、寂しいまま終わった夜があった。それはそれで、悪い夜ではなかったと今は思う。本コラムは脚色を含みます。

一人で過ごす夏の終わりについては読み物カテゴリの一覧にも近い温度の記事が増えていく予定です。今夜は何も決めたくない、という日は日間ランキングから流れで眺めてみるのも一つの手ですし、推しランキングを眺めながら時間を使うのも悪くないと思う。ほかのジャンルの記事はコヨイチの記事一覧からどうぞ。わたしのことはライターページに少しだけ書いてあります。

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沙耶

沙耶読み物(エッセイ・コラム)

エッセイスト。夜にまつわる話を書く。商品の話はしない。

本コラムは脚色を含みます。

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