台風の夜、一人で動画を見る理由
公開日: 2026-09-06
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台風の夜、外に出られないので、家で動画を見ている。これは暇つぶしというより、台風が「今日は何もしなくていい」と言ってくれているからだと思う。だから今夜のわたしは、わりと機嫌がいい。
朝からずっと、天気予報のアプリが赤かった。夕方には電車が止まり、コンビニのパンの棚が薄くなり、街から人の気配が引いていった。そして夜。窓の向こうは、白く煙っている。
窓を叩く音と、へだてられた世界
雨は、降るというより、ぶつかってくる。窓ガラスを斜めに叩いて、時々、家全体がひとつ息を吸ったみたいに軋む。風の音には抑揚があって、遠くでうなってから、こちらへ近づいて、また離れていく。
気圧のせいなのか、頭の奥が少し重い。耳がふさがったような感じ。テレビをつけても、アナウンサーの声より雨のほうが大きい夜は、めったにない。
カーテンを少しだけ開けてみる。向かいのマンションの輪郭がぼやけていて、いつも見える看板の文字が読めない。世界の解像度が下がっている。部屋の中だけが、やけにくっきりしている。
こういう夜、部屋は急に小さなシェルターになる。外は荒れていて、ここは荒れていない。ただそれだけのことが、妙に心強い。

「外に出られない」は、いちばん優しい言い訳
晴れた休日の夜だと、わたしはたいてい自分を少し責めている。天気がよかったのに、どこにも行かなかった。誘えばよかった。出かければよかった。そういう声が、日が暮れるころにいちばん大きくなる。
台風の日は、その声が黙る。
だって、出られないのだ。電車が止まっていて、傘が壊れる風が吹いていて、外に出る理由がひとつもない。予定をキャンセルしても、誰にもとがめられない。台風は、いちばん角の立たない言い訳を、こちらに黙って渡してくれる。
| 晴れた休日の夜 | 台風の夜 | |
|---|---|---|
| 頭の中の声 | 「出かければよかった」 | わりと静か |
| 動画を見ることへの後ろめたさ | ある | ほぼない |
| 時間の感じ方 | もったいない | 宙づり |
| 部屋の居心地 | ふつう | やけに落ち着く |
金曜の夜の、これから何かが始まる感じ。日曜の夜の、ゆっくり扉が閉まっていく感じ。台風の夜は、そのどちらでもない。始まりも終わりもなくて、ただ時間が宙に浮いている。以前金曜の夜、一人で動画を見る理由や日曜の夜、一人で動画を見る理由にも書いたけれど、同じ「一人で動画を見る夜」でも、空気の匂いはその日ごとに違う。
台風の夜に選ぶ動画は、いつもと少し違う
不思議なもので、台風の夜に開く動画は、いつもと少し傾向が変わる。
派手なものは、あまり選ばない。音の抑揚が激しいと、外の風の音と喧嘩する。だから、音量を絞っても成立するもの。途中で寝落ちしても惜しくないもの。話が複雑すぎなくて、目を離してもついていけるもの。そういう、力の抜けたものに手が伸びる。
ここで少しだけ困るのが、選ぶという作業そのものだ。頭が気圧で鈍っている夜に、一覧をスクロールして、あれこれ比べて、結局決められずに時間だけ過ぎる。あの感じ。
見放題のしくみのいちばん気楽なところは、この「選ぶのに疲れない」点なんだと思う。一本ずつ値段を気にしなくていいぶん、合わなければすぐ閉じて次にいける。台風の夜みたいに、集中力があまり残っていない日ほど、その気軽さは向いている気がする。
とはいえ、見たいものが一本だけはっきりしている夜もある。そういうときは10円セールを覗いて、その一本だけ安く借りて終わり、というのも悪くない。見放題と単品は、その日の気分で使い分ければいい。
月曜の夜に近い、次の日への助走みたいな気分については月曜の夜、一人で動画を見る理由に書いた。台風の夜は、あれよりもっと現実感が薄い。明日のことが、うまく想像できない。
停電したら、それはそれで
一度だけ、台風の夜に停電したことがある。
画面がふっと消えて、部屋が本物の暗闇になって、それから外の音だけが残った。スマホの充電は六十パーセント。モバイルバッテリーはたぶん一回ぶん。ここで動画の続きを見るべきか、それとも節約すべきか、暗闇の中でわりと真剣に考えた。
結論から言うと、見なかった。理由は高尚なものではなくて、懐中電灯の灯りで見るには、あの手の動画は、いろいろと明るすぎる気がしたからだ。
かわりに、イヤホンをして音楽を流し、風の音を聞きながら、ぼんやりしていた。あれはあれで、悪くない夜だった。電気が戻ったのは一時間後で、そのころにはもう、続きを見る気力は残っていなかった。
まとめ
台風の夜に一人で動画を見るのは、ちゃんとした過ごし方だと思う。外に出られないから見ているのではなくて、外に出なくていい夜を、静かに使っているだけだ。
台風が過ぎれば、また晴れた休日がやってきて、わたしはまた「出かければよかった」と思うのだろう。それでいい。そういう日常が戻ってくることのほうが、たぶん大事だ。今週のほかの読み物は週間のまとめから辿れるので、次に予定が消えた夜にでも、よければ。
本コラムは脚色を含みます。
※記載の情報は2026年9月時点のものです。