ハロウィンの夜、彼女いない寂しさに気づいた日のこと

公開日: 2026-08-16

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駅の改札を出たら、コンビニの窓にオレンジと紫のシールが貼ってあった。かぼちゃの絵と、こうもりのシルエット。ああ、今年もこの季節が来たのか、と足が一瞬止まる。カレンダーで確認したわけでもないのに、店先の飾りつけだけで季節がわかってしまう。

去年もこの場所で、同じような顔をして立っていた気がする。仮装グッズのコーナーには、まだ誰も手に取っていない猫耳のカチューシャが並んでいて、そのわきを足早に通り過ぎた。特に理由はない。ただ、あの棚の前で立ち止まる自分を、うまく想像できなかっただけだ。

ハロウィンで感じる寂しさの正体

一人でいることが寂しいのではないと思う。ハロウィンの厄介なところは、その日だけ街全体の設定が変わることにある。

普段は特に何も主張してこない駅前の広場に、急にジャック・オー・ランタンが並ぶ。カフェのメニューには「二人でシェアできる」パンプキンパイのセットが増える。SNSを開けば、仮装して集まっている友人グループの写真が流れてくる。誰も悪いことはしていない。ただ、街のほうが一斉に「今日はカップルとグループの日です」という顔をしてくる。

自分一人が変わったわけじゃない。周りの景色が急に模様替えして、そこに自分だけ合わせられていない。その落差が、寂しさという言葉の正体なんじゃないかと思っている。普段の夜なら気にもならない一人の帰り道が、ハロウィンの夜だけは妙に長く感じる。

去年、無理に顔を出そうとして疲れた話

去年は、知人が誘ってくれたハロウィンパーティーに顔を出した。断る理由もなかったし、一人でいるより良い夜になるだろうと思っていた。

会場に着くと、みんなそれなりに仮装をしていて、自分だけ普段着だったことにまず気後れした。慌てて買った安物の耳飾りを鞄から出して、鏡も見ずに付けた。それでも輪の中に入ると、会話のテンポについていくのに妙に力を使う。誰かが誰かの仮装を褒めて、笑いが起きて、次の話題に移る。そのリズムを追いかけているうちに、自分が何を話したかったのかを忘れてしまった。

参加しようとするほど、逆に浮いていく感覚があった。無理に馴染もうとする分だけ、力が入る。力が入った分だけ、その場から少し浮く。終電近くまでいたけれど、家に着いたときの疲れ方は、いつもの飲み会よりずっと重かった。楽しかったかと聞かれれば、たぶん楽しかった部分もある。ただ、あの疲れ方は、無理をしていた証拠だったんだと思う。

沙耶(このコラムを書いたライター)

今年は最初から「一人の夜」と決めてみた話

だから今年は、最初から予定を作らないことにした。誘いがなかったわけではない。ただ、去年の疲れ方を思い出して、今年は自分から静かな夜を選んでみることにした。

仕事帰り、いつもと同じコンビニに寄った。オレンジ色の飾りつけの下で、いつもと同じ弁当と、いつもは買わない少し高めの缶チューハイを一本だけ選んだ。外に出ると、駅前の広場に仮装した若い子たちのグループが数組いて、写真を撮り合っていた。その光景を横目に見ながら、いつもより少し遠回りして帰った。

部屋に着いて、電気を半分だけ点けて、缶を開けた。窓の外から、遠くのざわめきがかすかに届く。誰かの笑い声、たぶんスピーカーの音楽。それを完全に無視するでもなく、かといって混ざりに行くでもなく、ただ音として聞き流していた。去年感じた「浮いている」感覚は、そこにはなかった。最初から一人だと決めていた夜には、比較する相手がいない。浮くも沈むもなく、ただ静かに時間が流れていっただけだった。

一人のハロウィンの夜を、静かに悪くない夜にする小さな工夫

無理に盛り上げる必要はない。ただ、時間帯ごとに小さくやることを決めておくと、一人の夜も案外きちんと形になる。

時間帯 小さくやること
仕事帰り いつもと違うコンビニに寄って、少しだけ贅沢な飲み物を選ぶ
夕方〜夜のはじめ 部屋の照明を少し落として、外の気配と部屋の静けさを分ける
街の賑わいが届く時間 無理に見に行かず、音だけを窓越しに聞き流す
夜更け 静かに一人の夜を過ごす手段の一つとして、配信でゆっくり過ごす時間を作る

大した工夫ではない。それでも、ただ何もせずに時間を流すより、一つでも自分だけの区切りを持っておくと、街の賑わいから取り残された感覚が少し和らぐ気がしている。

よくある質問

ハロウィンに一人なのは珍しいことですか? そうは思わない。街の飾りつけやSNSがカップルやグループの日という空気を作りやすいだけで、実際に一人で過ごしている人は、見えていないだけで多いはずだ。

来年も一人だったらどうすればいいですか? 今の寂しさを、そのまま来年の心配にまで広げなくていいと思う。去年と今年でも過ごし方の手触りは変わった。来年はまた別の形になるかもしれない。

仮装イベントに無理に行くべきですか? 行きたい気持ちがあるなら行けばいいと思う。ただ、去年のわたしのように、無理に馴染もうとして疲れるくらいなら、最初から一人の夜と決めてしまうほうが、案外気持ちは軽い。

まとめ

ハロウィンの寂しさは、一人であること自体より、街全体が急にカップルとグループの日という顔をしてくることから来ているんだと思う。去年は無理に輪の中へ入ろうとして疲れた。今年は最初から一人の夜と決めて、静かに過ごした。どちらが正しいという話ではないけれど、少なくとも今年のほうが、家に着いたときの疲れ方は軽かった。

似たような夜については夏の終わり、恋人いない寂しさに名前をつけてみる金曜の夜、一人で動画を見る理由でも書いたことがある。カップルの夜の話が読みたければ同棲マンネリの夜、誘い方を変えてみた話も近いところにある。ほかの読み物はコヨイチの記事一覧からどうぞ。わたしのことはライターページに少しだけ書いてあります。

本コラムは脚色を含みます。

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沙耶

沙耶読み物(エッセイ・コラム)

エッセイスト。夜にまつわる話を書く。商品の話はしない。

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