衣替えの日、季節の変わり目に気分が沈むのはなぜだろう

公開日: 2026-09-27

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土曜の午後、クローゼットの扉を開けたら、夏の匂いがした。日焼け止めと柔軟剤が混ざったような、少し甘い匂い。ハンガーには半袖のTシャツが七枚、麻のシャツが二枚、それから一度も袖を通していない水色のワンピースが一枚、並んでいた。

衣替えをしよう、と決めたのは朝だった。窓を開けたら風がひやりとして、思わず腕を組んだ。それで、ああ、もうしまう時期なんだと思った。

畳み始めて三枚目あたりで、気分が少しずつ下がっていくのに気づいた。何か嫌なことがあったわけではない。天気も悪くない。ただ、半袖を一枚しまうたびに、胸のあたりの水位が一センチずつ下がっていくような感じがした。

服を畳むことは、夏を畳むことだった

Tシャツの一枚は、七月に友人と川沿いを歩いたときに着ていたものだった。首まわりが少し伸びている。別の一枚は、八月の夜にコンビニまでアイスを買いに行くとき、毎回のように着ていた部屋着。裾に小さなシミがある。いつ付いたのかは覚えていない。

服には季節の記憶がくっついている。着ていた日のことを、わたしは思ったより覚えていた。だから衣替えは、服の入れ替えというより、ひと夏ぶんの記憶の棚卸しに近いのだと思う。

そして棚卸しには、帳尻の合わないものも出てくる。例の水色のワンピースだ。六月に「今年の夏はこれを着て出かけよう」と買ったのに、結局一度も着なかった。値札のタグがまだ付いている。これを畳むときの、ちょっとした後ろめたさ。誰にも責められていないのに、自分の夏の過ごし方を少しだけ採点された気分になる。

この沈み方に、名前をつけてみる

夏の終わりのもの寂しさなら、八月の終わりにもう味わった。(夏の終わりの寂しさについて書いた回もある。)でも衣替えの日の沈み方は、あれとは少し違う。

夏の終わりは、気づいたら終わっている。衣替えは、自分の手で終わらせる。

たぶん、そこなのだ。季節が変わったことを、服を一枚ずつ箱に入れながら、自分の手で確認していく。「はい、これも終わり」「これも来年」。終わったことを確かめる作業を三十分も続けていたら、気分が沈むのはむしろ自然な気がする。わたしはこれを、勝手に「確認の寂しさ」と呼ぶことにした。

名前がつくと、少しだけ扱いやすくなる。正体のわからない沈みより、「ああ、いま確認の寂しさが来てるな」と思えるほうが、ずっと気楽だ。

沙耶(このコラムを書いたライター)

衣替えで出てくる服と、そのときの気持ち

その日、箱に入れたり出したりしながら、出てきた服ごとに湧いた気持ちをメモしてみた。ついでに、わたしなりの付き合い方も書いておく。

衣替えで出てくる服 そのとき湧く気持ち わたしの小さなやり方
一度も着なかった夏服 夏を使い切れなかったような後ろめたさ しまう前に一度だけ着て、鏡の前で一周してみる
タグが付いたままの服 買ったときの自分に少し申し訳ない タグを切るかどうかは、来年の自分に任せる
去年もしまった長袖 「また一年たったのか」という軽いめまい 一年ぶりの再会として、袖を通す前に一度広げて眺める
毛玉のついたニット 去年の冬の疲れがそのまま出てきた感じ 毛玉を取りながら、去年の冬のことを少し思い出す
首まわりの伸びたTシャツ 捨てるには惜しい、着るには微妙 部屋着の箱へ。夏の記憶ごと、もう一年だけ延長する

書き出してみると、服そのものより、服を通して自分を見ている時間のほうが長いことに気づく。衣替えがちょっと重たいのは、たぶんそのせいだ。

沈んだ夜は、沈んだまま過ごしてもいい

衣替えが終わったのは夕方だった。部屋には秋冬物の箱がひとつ残り、床には畳みきれなかった服が数枚。気分は、まあ、底のほうにいた。

こういう夜に、無理に元気を出そうとするのはやめている。沈んでいるときに明るい音楽をかけても、たいてい曲だけが空回りする。

代わりに、小さなことをいくつか。まず、温かいものを飲む。その日はほうじ茶にした。それから、秋冬物の箱からカーディガンを一枚だけ先に出して、羽織ってみる。去年の匂いが少しする。でも袖を通した瞬間、「あ、これから秋なんだ」と、終わりではなく始まりのほうへ体が向く感じがあった。

夜は部屋の明かりを少し落として、好きなものを静かに流した。昔の映画でも、配信の作品でも、何でもいい。誰かと話したい気分でもないけれど、完全な無音もさみしい。そういう夜には、画面の向こうの物語が、ちょうどいい距離の話し相手になってくれる。

連休に予定がなかった日のことを書いたときにも思ったけれど、一人の夜は、何もしないことを選べる夜でもある。

衣替えは、気分の模様替えでもある

季節の変わり目に気分が沈むのは、わたしにとっては、季節をちゃんと受け取った証拠のようなものだと思っている。夏をしっかり過ごしたから、しまうときに少し寂しい。何も感じずに箱に詰められるほうが、むしろ味気ない。

クローゼットの中身が入れ替わると、部屋の空気も、自分の気分も、少しずつ次の季節の配置に変わっていく。衣替えは、気分の模様替えでもあるのだ。

ちなみに、あの水色のワンピースは、結局タグを付けたまま箱の一番上に入れた。来年の六月、開けた瞬間に目が合うように。来年のわたしがまた「今年こそ」と言うのか、それとも黙って箱の底へ戻すのか。わりと楽しみにしている。本コラムは脚色を含みます。

季節の変わり目の夜に読みたくなる話は、読み物カテゴリの一覧にも少しずつ増やしています。何も考えたくない夜は、日間ランキングを上から眺めて、今夜の一本を決めるのもいいかもしれません。わたしのことはライターページに少しだけ書いてあります。

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沙耶

沙耶読み物(エッセイ・コラム)

エッセイスト。夜にまつわる話を書く。商品の話はしない。

本コラムは脚色を含みます。

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