残業終わり、深夜に一人で動画を見る理由
公開日: 2026-09-13
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残業終わりの夜、家に着いても、まだ体の半分は会社に置いてきたような感じがする。だから玄関でコートを脱いだあとも、しばらく灯りをつけないまま突っ立っていることがある。今夜のわたしは、疲れているのに、眠れる気がしない。
最終電車ではなかったけれど、それに近い時間の電車だった。車内はまばらで、みんな似たような顔をしていた。スーツの肩が少し下がっている人、イヤホンで何かを聞き流している人。誰も喋らない。窓の外の景色だけが、やけに速く流れていく。
疲れているのに、眠れない夜
体は明らかに休みたがっているのに、頭のほうがまだ稼働している。さっきまでのメールの文面や、言い忘れた一言や、明日の予定が、順番もばらばらに浮かんでは消える。これでベッドに入っても、たぶんすぐには眠れない。そういうことは、もう何度も経験して知っている。
だから、その前にワンクッション挟む。シャワーを浴びて、部屋着に着替えて、電気を少し落として、動画を再生する。これは娯楽というより、頭の回転数を少しずつ落としていくための作業に近い。
「今日くらいは」という言葉が、こういう夜にはよく出てくる。あれだけ働いたのだから、少しくらい自分を甘やかしてもいい。その許可証を、誰かに発行してもらう必要はなくて、自分で自分に切って渡す。残業終わりの夜は、その許可がやけにすんなり下りる。

早く帰れた夜との、いちばんの違い
早く帰れた夜は、時間がまだたくさん残っている気がして、逆に何をすればいいか迷う。本を開いても集中できず、動画を見ても、どこかで「もっと有意義な過ごし方があるのでは」という声がちらつく。
残業終わりの夜には、その迷いがない。使える時間はもう限られていて、選択肢は最初から絞られている。だからかえって、目の前の一本に集中できる。
| 早く帰れた夜 | 残業終わりの夜 | |
|---|---|---|
| 頭の中の声 | 「もっと有意義に使えるのでは」 | 「今日くらいはいいか」 |
| 動画への向き合い方 | 選びながらも迷いが残る | 一本に集中できる |
| 時間の感じ方 | 余っている | 限られている、だから濃い |
| 体の状態 | まあまあ元気 | 疲れているのに目は冴えている |
金曜の夜の、これから何かが始まる高揚感。月曜の夜の、次の一週間への静かな覚悟。残業終わりの夜は、そのどちらとも違う。高揚も覚悟もなくて、ただ「今日という一日を、ここでいったん終わらせたい」という気持ちだけがある。以前金曜の夜、一人で動画を見る理由や月曜の夜、一人で動画を見る理由にも書いたけれど、同じ一人の夜でも、そこに流れる時間の質はまったく違う。
疲れた頭が選ぶ動画は、いつも似ている
残業終わりに開く動画には、はっきりした傾向がある。
まず、ストーリーが複雑すぎないもの。頭がすでに一日ぶん使い切っているので、伏線を追いかける余力がない。それから、音量を絞っても成立するもの。隣の部屋や、寝ている誰かを気にせず見られるくらいの音量で、ちゃんと楽しめるもの。そして、途中で寝落ちしても惜しくないもの。これがいちばん大事な条件かもしれない。
こういう夜に困るのは、選ぶという行為そのものに体力が要ることだ。一覧を延々スクロールして、サムネイルを見比べて、結局何も決められないまま時間だけが過ぎていく。あの時間のほうが、残業よりよほど消耗する気さえする。
見放題という仕組みのありがたさは、まさにこの「選ぶのに疲れない」ところにあるのだと思う。一本ごとに値段を気にせず、合わなければすぐ閉じて次に移れる。残業終わりのように、判断力がもう残っていない夜ほど、その気楽さがちょうどいい。
とはいえ、見たいものが最初からはっきりしている夜もあって、そういうときは10円セールを覗いて、その一本だけ借りて終わりにすることもある。見放題と単品は、その日の体力に合わせて使い分ければいい。台風で外に出られない夜の、あの宙づりの感覚については台風の夜、一人で動画を見る理由に書いたけれど、残業終わりの夜には、あの静けさに似た部分と、まったく違う部分の両方がある。
コンビニの灯りと、部屋着に着替える瞬間
残業終わりの帰り道は、たいていコンビニに寄る。特に何を買うと決めているわけではなく、ただ煌々とした灯りの中を少し歩きたいだけなのかもしれない。おにぎりとお茶と、気分次第でアイスをひとつ。レジの店員さんも、疲れた顔でバーコードを読み取っている。深夜のコンビニは、疲れた人間同士がすれ違うだけの、妙に静かな場所だ。
家に着いて、まずやることは決まっている。スーツを脱いで、部屋着に着替える。この瞬間、肩から何かがすとんと落ちる感じがする。会社にいた自分と、これから動画を見る自分のあいだに、小さな仕切りが下りるような感覚。着替え終わってソファに座り込むと、ようやく今日という日が本当に終わった気がしてくる。
まとめ
残業終わりに一人で動画を見るのは、ちゃんとした過ごし方だと思う。眠れないから見ているのではなくて、眠るための準備運動として見ている。頭を仕事のモードから、生活のモードへ、少しずつ切り替えるための時間。
明日もまた同じくらいの時間まで働くのかもしれないし、案外早く帰れるのかもしれない。それはまだわからない。わかっているのは、今夜のわたしが、これから何を見るか、すでに半分決めているということだけだ。今週のほかの読み物は週間のまとめから辿れるので、また残業で遅くなった夜にでも、よければ。
本コラムは脚色を含みます。
※記載の情報は2026年9月時点のものです。